参議院選挙総括 大阪編(資料集)


令和元(2019)年8月2日


 私自身の政治的経験で言えば、大阪の各党間の政治的力関係は第9回の参議院選挙から始まる。(この前年に就職の為大阪に引っ越して来た。)

◆第9回参議院議員選挙(1971年) 大阪選挙区 (定数:3人)


  そして、この力関係の下で補欠選挙(1973年)が行われた。(定数:1人)



  この選挙で共産党は第一党に躍り出、これで世の中は変わると思った。

◆第10回参議院議員選挙(1974年) 大阪府選挙区(定数:3人)




  この選挙の感想は、
 @参議院選挙の3つの議席の一つは取れる
 A公明党と対等の勢力になった。
 B社会党は完全に振り切った。共産党が上に来た。


第11回参議院議員選挙(1977年) 大阪府選挙区(定数:3人)




  この選挙で思ったのは、
 @社会党は部落解放同盟に乗っ取られ、その力を失った。
 A共産党の指定席はまだある。
 B中村鋭一は、トラキチで有名なアナウンサーであったが、有名人だからと
  いって勝てない。

第12回参議院議員選挙(1980年)大阪府選挙区 (定数)3人)


  
  この選挙で思ったのは、
 @共産党に陰りが出始めている。1978年には知事選で黒田氏が敗れている。
 Aトラキチの中村氏が当選した。芸能人が強いことを思い知らされた。
 B社会党は完全にダメになった

第13回参議院議員選挙(1983年) 大阪府選挙区 (定数:3人)




  この選挙結果で思ったことは
 @横山ノックという吉本芸人が国政選挙に参入し、共産党がはじきだされた。
 A公明党は、安定した力を有している。
 B今後の共産党の勝利は難しいと思った。

第14回参議院議員選挙(1986) 大阪選挙区 (定数:3人)




  この選挙で思った事は、
 @横山氏に続いて西川氏が参加してきて、大阪の選挙区は1議席は吉本の指定
  席になる。
 Aその中で共産党ははじきだされると思ったが、沓脱さんは強く、自民党に勝っ
  た。
 B同じ芸人職の感じがする、中村鋭一氏は落選した。
 C社会党は、大阪では再度立ち上がれない数値になってきている。
 
◆第13回参議院議員補欠選挙(1988年) 大阪選挙区 (定数:3人)
 


  この選挙結果で思った事は、
 @補欠選挙ではあるが、共産党が1位を獲得した35.5%の票を獲得したことは
  スゴイ数字である。
 A谷畑氏は検討したが、共産党の83.08%の獲得に留まった。


第15回参議院議員選挙(1989年) 大阪選挙区 (定数;3)




  この選挙で感じた事は
 @社会党は大阪ではすでに市民権を失ったと見ていたが、その社会党の谷畑さん
  が1位になった。これにはビックリした。
 A横山ノック氏も相当数の得票を獲得し、共産党は5位602,777票にとどまった。

第16回参議院議員選挙(1992年) 大阪府選挙区 (定数:3人)



  この選挙で感じた事は
 @前回(3年前)の社会党の獲得得票数904,819票は何処へ流れたのか?
  あれだけの票がなぜ社会党に入ったのか不思議である。
 A西川氏は、前回選挙では得票率26.08%であったが、今回は30.65%に数字を挙
  げてきている。正にお化け数字である。
 B公明党は手堅い、自民党も堅調である、もう共産党の入る位置はなくなったの
  か
 C西村慎吾氏の「連合の会」とは何か、組合の「連合」かよくわからない。ただ
  彼は右翼的な人であり、「連合」が推すとはおもわれない。・・・社顔等は何
  処へ行ったのか不思議な選挙である。

第17回参議院議員選挙(1995年) 大阪府選挙区(定数:3)



   この選挙から感じる事は。
 @吉本芸人がいないため、共産党が議席を確保できている。横山ノック氏はこ
  の年大阪府知事選挙に立候補する。

 ここからは府会議員の当落を追うのをやめて、府知事選挙で吉本が如何に大きな役割を果たしてきたかを追ってみたい。

 ◆第13回 大阪府知事選挙の結果




  @1995年は、吉本興業のお笑いが、大阪の政治的意思の半数を握った年であ
   る。

第14回 大阪府知事選挙の結果(1999年)





  @横山ノック氏は、得票数2,350,959票獲得、その得票率は70%に近く、正
   確には67.64%である
  A共産党が組織する府知事選で、無所属の鮫島氏は、920,462票獲得

  B横山ノック知事は、選挙期間中の強制わいせつ事件で知事を辞職

第15回 大阪府知事選挙の結果(2000年)




  @吉本は、ノックの不祥事の為の選挙であり自粛する。
  A共産党支持の候補は、1,020,483と100万票以上獲得している。現状のだらし
   なさから考えられない。

 ◆第16回 大阪府知事選挙の結果(2004年)




  @太田氏は減らさず増えているが、共産支持の梅田さんは49.50%と半数にま
   で減らしている。

 ◆第17回 大阪府知事選挙の結果(2008年)




  @いよいよ主役の橋本が登場した。私は橋下の得票率54.0%に度肝を抜かれ
   たが、よく見るとノックは2回目の選挙(1999年)で67.64%を獲得してい
   る。
    この票は、西川きよしや横山ノックが前面に出て活躍し、吉本工業が笑い
   で府民の半数を組織することを企んでいると思われる。橋下自身は吉本では
   ないが、吉本芸人に囲まれて、大阪での基盤を確立してきている

 ◆第18回大阪府知事選挙の結果(2011年)


 
 @この選挙は共産党の凋落を決定づけた。この梅田氏の357,159票は、直近に行
  われた共産党の単独での獲得票数をも割り込んだ。
   統一路線的考えで市民との連合を模索して戦い、全くの裸の選挙だという事
  を思い知らされた。この選挙で共産党が掲げてスローガンは「安全・安心・や
  さしい大阪」であったが、私はこのスローガンが最悪であったと思ってい
  る。
   このスローガンは警察の安全協会のスローガンと同じである。この間抜け
  さが、府民が離脱していった原因と思っている。

 ◆第19回大阪府知事選挙結果(2015年)



  @この結果は惨めな物であった。共闘は通常足し算になるが、自民党と共産
   党の共闘は必ずしも足し算にならないことを証明した。共産党は大阪で
   は、共産党単独で戦うことをあきらめた。そのことがますます地力を失うに
   も拘わらず。
  A当初、第15回(2000年)には、共産党支持の候補者を単独で立て、100万
   以上の票を獲得し得票率も33.99%あった。ところが第19回(2015年)の
   知事選では、共産党から自民党までが束になって掛かっても、2000年の共産
   党一党の戦いにも及ばない。この15年間で大阪は完全に吉本興業のお笑い路
   線の中に組み込まれて行ってしまった。

 ◆第20回大阪府知事選の選挙結果(2019年)



  @大阪維新の会が大阪府民を完全に支配下に置いた。その中には吉本芸人の
   「ノリの文化」が大きく影響している。安倍首相はG20(ジートゥエンティ)
   に先立ち吉本の舞台に立ち、また国会でも吉本芸人を招きいれている。
  A面白い事に、水平時評 大阪府連委員長(部落解放同盟)赤井隆史氏のコラ
   ムが目に入った。首長は住民の代表 小西・柳本両候補に全力をという記事
   を載せている。
    共産党は知事選・市長選で解放同盟の影響力のある人物を何時も敵として
   戦ってきた。しかし今回のダブル選挙では、同じ陣営に席を置いている。時
   の流れとは面白いものだ。
    ただこのコラムは優れている。このコラムは3月18日朝日放送のキャストと
   いう番組で、候補者を交えての討論会が行われた。わたしもこの番組を見て
   いて、このコラムを書いた人と同じ感想を持った。
    内容はこうだ「大阪において知事・市長というのはツートップなんです。
   これ、両方ともすごい権力者なんです。われわれはこれを一人でいいと思っ
   ているのです。我々はこの権力をしがみつかない」と松井知事(当時)が発
   言した。この松井氏の発言に対して小西氏が、「知事とか市長を権力の座と
   おっしゃるのは、非常に重大な発言ですよ、住民の代表なんですよ」と切り
   返したことをこのコラムは評価している。
    私もその時同じことを思った。この小西氏は候補者としてもう一つ魅力に
   欠けるなと見ていたが、この切り返しで小西氏という人物が分かった。なか
   なか立派な行政マンだと思った。
    このやり取りを見れば、明らかに小西氏が優れているが、多くの市民はそ
   れに気が付かない。このような場合共産党が先頭に立ってこの違いを宣伝す
   べきであった。
    私と同じ感覚の人物がいる事に接し、解放同盟の運動が相当正常化されて
   いることに気が付いた。