学歴偏重主義の共産党(官僚主義の本質を現す)


 平成30(2018)年1月20日

高卒と大卒を差別、さらには大学も一流でないと認めない。

 大阪民主新報(1月21日付)に府議会候補(第一次分)が掲載されている。7名の候補者の略歴が載っているが、学歴が記載されているのは7名中2名であり、一名は京大、もう一名は早稲田である。他の5名は学歴が書かれていない。共産党のこの考え方は、昔から一貫している。

 すでに8年ぐらい前に書いたが、赤旗の市会議員候補者の略歴が載った際に、吹田市の候補者は学歴が載っていたが、高槻市の候補者には学歴欄は無かった。おそらく大卒がいなかったのであろう。
 私はその際も批判したが、「略歴に何を載せるかを定式化すべきだ」と大卒なら載せる高卒は載せない、大卒でも京大や早稲田は載せるが有名私立大学以外は載せない。この共産党の扱いは明らかに学歴偏重主義、エリート主義である。

 国民は共産党に何を期待しているのであろうか。「共産党の候補者が京大卒なら偉いと思って投票してくれるのであろうか」と共産党の考えに異論をはさんできた。国民は、選挙戦で投票する際何を基準にしているのか、それは国民のために働いてくれる人か、大企業やお金持ちのために働く人かそこを分岐点に見ていると思っている。
 昔(1949年頃)国会議員が1名か2名しかいない時代、京都は議席を確保していたが、その時の谷口善太郎氏や河田賢治氏は高等小学校卒業位の学歴であった。自民党でも田中角栄氏も高等小学校出身だったと記憶している。国民は政治家としての人物を学歴で判断していない。この点を私はいつも主張しているが、共産党は明らかに、学歴偏重主義である。

 前々回の府議会選挙の共産党のビラも候補者の打ち出しに「京大卒」と「親孝行」を前面に出したビラを配布した。結果は最下位で当選した。(この時点では5議席あった。)



 私は、「京大卒」と「親孝行」で戦うのでなく、府会議員を何期も務めているのだからその実績で戦うべきだと主張(批判)してきたが、得票率は伸びず辛うじて最下位で当選したが(高槻では共産党の票は約18000票あると見ている)、同じく京大ブランドで戦った無所属候補は元市長の息子でもあったが、得票率は最低であった。この結果からわかることは、国民は肩書で投票していないと思われる。

共産党は履歴を書く場合、統一した基準を設けるべきである。

 前に私が指摘したのは、「吹田市と高槻市の違い、吹田市は学歴を記載しているのに高槻市は記載していない。あるいは府会議員は学歴を記載しているのに市会議員は学歴を記載していない。」であった。
 これはそれなりに各市の判断だとか、選挙戦が違うで逃げられたが、今回は7名の府会議員候補者の略歴を書きながら、京大卒と早稲田卒だけを書き、他の5名の学歴は記載されていない。(注1)
 この記載方法は明らかに共産党の意図がうかがわれる。高卒や一般の私立大学卒では選挙の票にならないが、一流大学卒は選挙の票になるとの下心がうかがわれる。このような姑息な選挙戦術は共産党の醜さをさらけ出し、返ってマイナスになる。

 全くの余談になるが前々回も衆議院選挙の際に略歴欄に「共産党の地区専従委員」と書いた例もある。これも馬鹿げている。略歴は国民との関りを書くべきであり、国民の利益を守る戦いの実績を書くべきである。何も書くことがないから共産党地区専従などという略歴を書くのは馬鹿げている。国民のために戦ったことがない人を国会議員選挙に立候補さすことも根本的に誤っている。

 さらに私の感想であるが社民党の小沢福子府会議員は学歴欄を空白(私の見た限りでは)にしておられるが、これは選挙瀬は学歴で戦うのではなく、私の市民の利益のために働く実績を評価してくれという姿勢を表明しておられるように思われる。この方が「潔」と私は思う。

注1:予定候補や7名は
 【高槻市・三島郡=定数4】、【吹田市=定数4】、【大阪市大正区・西成区= 定数2】、【大阪市
 城東区=定数2】、【枚方市・交野市=定数4】、【東大阪市=定数5】、【八尾市=定数3】
  ちなみに、高槻が京大、八尾が早稲田である。現職は高槻と吹田市2名である。それと私が批判して
 いる、他の選挙に出た経験のあるたらい回し候補が2名いる。枚方市=14年衆議院大阪11区、17年衆議
 院比例区、八尾=17年衆議院選大阪14区候補がいる。この候補者は国会議員から府会議員に格下げされ
 たのならそれでいいが、また国会議員選挙に出たら、国民の側から見れば、この候補者は府会議員に落
 ちた人が国政に出るのは、国民を馬鹿にしているように映る。このような点も考えるべきだ。