大阪ダブル選挙、反維新候補が惨敗・・どうしてこういう結果になるのか?


平成27(2015)年11月23日

 大阪ダブル選挙は告示前の予想を覆し、大阪維新の会の圧勝で終わった。まず選挙結果を見てみよう。
●大阪知事選挙の結果
氏名
得票数
得票率
松井一郎
2025387
64.07%
栗原貴子
1051174
33.25%
美馬幸規
84762
2.68%
 計
3161323
100.00%

 結果は維新松井一郎氏の圧勝である。ほぼダブルスコアーである。

松井一郎
栗原貴子
得票数の差
票差
2025387
1051174
974213票
倍率
2025387
1051174
1.93倍

●市長選挙 (得票率50.51%)
氏名
得票数
得票率
吉村洋文
596045
56.42%
柳本顕
406595
38.49%
中川暢三
35019
3.31%
高尾英尚
18807
1.78%
1056466
100.00%

 知事選挙よりはましであるが、ほぼ1.5倍の差がある。


吉村洋文
柳本顕
得票数の差
票差
596045
406595
189450票
倍率
596045
406595
1.47倍

 これを今年5月に行われた「大阪都構想」の住民投票の結果と比較すれば、惨敗だということがよく分かる。
●「大阪都構想」住民投票の結果と比較
 

住民投票
市長選挙
票差
賛成
694844
596045
ー98799
85.78%
反対
705585
406595
ー298990
57.63%
その他
53826


1400429
1056466
ー343963
75.44%
投票率
66.83%
50.51%

ー16.32%
 
 この比較から明らかなように、投票率が16.32%も下がり、盛り上がりに欠けた選挙戦になったことは伺われるが、都構想賛成派(維新)が98799票減らしたのに対して、反対派は298990票も減らしていることが分かる。維新と比較すれば、約3倍の票がこの短期間に逃げているのである。今回の選挙では住民投票で勝ち取った票数の57.63%でしかない。
 柳本候補は住民投票でもその先頭に立ち、表情も穏やかで、候補者としては申し分無かったと思われるが、それでもこれだけの惨敗を被った原因は何かを探って行きたい。


選挙の勝利を支えるのは候補者のカリスマ性と、主張(政策)のハギレの良さである。

なぜ大阪維新の会は様々な問題を抱えているのに府民の圧倒的支持を受けるのか、それは政治に必要な党首のカリスマ性と政策面で相手と競い合う力(嘘で固めているが)をもっているからである。
 古くはヒトラーは、国民大衆を惹きつける力を持っていた。その政治手法は、ナチスドイツの宣伝大臣ゲッペルスの名言・格言「 嘘も100回 言えば本当になる。」であった。(パウル・ヨーゼフ・ゲッペルス。ドイツの政治家、国家間の情報戦の第一人者で、ヒトラーの権力掌握に大きな貢献を行った。)
 この格言は政治の世界では、未だに通用する手法である。橋下氏の多くの「ウソと詭弁」は、この手法に学んだものである。
 また最近の事例では、ミャンマーのアウンサンスーチー氏が総選挙で自らが率いる野党・国民民主連盟(NLD)が8割に当たる390議席を獲得した。与党・連邦団結発展党(USDP)は42議席にとどまった。これはアウンさんスーチー氏の指導者としてのカリスマ性が大きく作用している。(390人の個々の候補者が優秀であったというより、アウンさんスーチー氏に権力を委ねたいという国民の意思のたまものだと見ている。)

選挙は党派間の力量が試される重要な戦いである。(相手に切り込める力量が重要)

 民主政治における選挙は戦いであり、相手陣営と政策面で厳しく対決して戦う事が最も重要でもある。この間の事例で言えば、安倍内閣が推し進めて来た海外で戦争出来る国づくりを目指す安保法制に対して戦争法案反対を掲げた戦いは、多くの国民の参加が行われ、安倍内閣を追い込むだけの迫力があった。
 しかし、共産党は最近歌を忘れたカナリアのように、選挙戦で相手側に切り込む戦いを避け、常に横綱相撲のような立ち位置で選挙戦を戦っている。これは「共産党は怖い」というような反共攻撃に屈服し、如何に大人で度量があるかを示す戦い方を行っている。これを政治的言葉で言えば、「日和見主義」であるし「大衆迎合主義」に大きく舵を切った戦いの手法に変化させて来ている。
 共産党の勢力が飛躍的に伸びた当時の戦い方を忘れ、いつの間にか、戦わない事が国民の支持を得られ、反共攻撃もなされず安心だとの怠慢な政治になっている。大阪ダブル選挙は、4年前もそうであったが、維新と全面的に対決する戦いを組織できずに、見事に敗北した。以下なぜそうなったのか分析を行ってみたい。

橋下維新はカリスマ性があるが、反維新の指導者は顔すら分からない。

 なぜ自民党や民主党、共産党が束になってかかっても、橋下維新に勝てないのか?それは単純に言えば、総大将の力の差である。維新は橋下が総大将であることは誰もが認識しており、橋下の発言一つ一つが維新の政策、考え方であり、府民は維新の政治という物を把握することは容易である。(ここにはウソと詭弁を弄しているが、普通の市民が見抜くことは難しい。)
 これに対して反維新派の総大将は誰かは、さっぱり分からない。ここで安倍首相が反維新の対抗馬と出てくればある意味では力になるが(自民党の支持者をまとめるには)、大阪府の自民党の代表は誰か、民主党の代表は誰か、共産党の代表は誰か、殆ど誰も知らない。 
 例えば私は共産党を支持しているが、大阪の共産党の代表の肉声を一回も聞いたことがない。(党内でしか認知されていない)共産党の府会議員はいるが、その主張は全く間抜けなもので有り、これが本当に大阪の共産党の主張かも分からない。ここに維新以外の政党に大きな弱点がある。(馬鹿げていると思われるだろうが、共産党の内部の人は府委員長の顔も主張も知っているから、府民もみんなが知っているとの錯覚の世界にいる。ほとんどの府民(95%以上)が共産党の府委員長が誰でどんな人かを知らないと思われる。これでは国民政党としては失格である。(政党に親しみが沸かない。)
 これとは逆に維新の代表が橋下氏であることは95%以上の府民が知っていると思われる。この身近さも極めて重要な要素である。橋下氏に「何かわからんけど彼のやりたいことをやらせてやりたい」という身近な人を応援してやるという親心的雰囲気が作られているのである。
 政治は総大将の力量でその戦いはほぼ決まる。その政党の主張が何かは、総大将が何をどう発言しているかで、国民は把握しようとしている。大阪府民は共産党の総大将が誰かは知らないし、その肉声も聞いたことがない。そのような政党に魅力は感じない。これは、自民党にも民主党にも当てはまる。代表者は誰なのか、その人が何を言っているのか、府民は殆ど知らない。大阪府民に取れば、橋下氏だけが、身近な政治家なのである。

正義は必ず勝つという信念で政治を行っているが、政治の世界はそんなに単純ではない。

 これも卑近な例で申し訳ないが、昔、自民党の派閥間の争いがあった際に、田中角栄と福田信雄、宮澤喜一等が争っていたが、田中角栄は最も金権体質の政治家と言われながらも最も権力を握っていた。その際大平正芳氏や宮沢喜一氏が所属する宏池会は公家集団と揶揄され、田中角栄の力には及ばなかった。
 全く低レベルの議論でひんしゅくを買うかもしれないが、橋下氏は下品な言葉で相手を攻撃し、それで支持を得ている。府民は上品さを求めているのではなく、下品であっても突破力を求めているのである。橋下氏と戦うには、こちらも一定下品にならなければ、話は噛み合わないし、橋下氏の「ウソと詭弁」は切り崩せない。
 最近の共産党を見ていると、お行儀がよく、公家集団になったのかと思われる節が数々ある。すでに橋下氏は、「ウソと詭弁」で大阪府民の過半数を組織し、橋下氏によるマインドコントロールは成功している。集団催眠のような現象が発生している。この状況を可能にしているのは、大阪人の特性、吉本的な会話を得意とし、そのような会話をこなせるものに人気が集中する。中学生のクラスでの人気者のような現象が起こっている。これを可能にしているのが、テレビ番組の影響が大きいと思われる。
 これは大阪の特色であり、京都では橋下維新はこのような府民の過半数を握るような成功はしないと思っている。
 極端に言えば大阪での戦いは、橋下教との戦いである。すでに洗脳されてしまっている
人を如何に救い出すかの戦いである。この位置づけが共産党にはできていない。
4年前のダブル選挙では「安心・安全・やさしい大阪」というスローガンを掲げ、今回の選挙では「さよなら維新」というキャッチフレーズで戦った。
 しかし、この2つのスローガンには階級的視点は全くなく、働く府民の心を捉えたスローガンでは全くない。4年前のスローガン「安全・安心・やさしい大阪」は警察の防犯協会のスローガンとどこが違うのか、私は一貫して問い続けつけたが、共産党はやっと投票日が近づいた段階で橋下氏を「独裁」と批判したが、「時すでに遅し」であった。
 今回も、前回、橋下氏を最終版「独裁」と批判した事を忘れ、今度は「さよなら維新」と前回に比してみ、勝るとも劣らない「馬鹿げたスローガン」を掲げてしまった。このスローガンで橋下陣営に痛手を食らわす事が出来ると思っているのか、またこのスラーガンで見方を鼓舞することができるのか、共産党は何を考えているのか全く分からない。(注1)

注1:明るい民主大阪府政をつくる会のビラが手元にあるが、その一面トッポの記事は、大阪の政
   治を変えるキーワードは「さよなら維新」ですと書いている。何が言いたいのかさっぱり分から
   ない。こんなスローガンで選挙が戦えると思っている共産党幹部の頭の構造が私には全く分
   からない。橋下氏と政治能力の差が歴然としている。負けて当然である。プロ野球の野村監
   督がよく言われた「勝ちに不思議な勝ちはあるが、負けに不思議な負けはない。必ず原因が
   ある。」と言われた典型的な事例である。

橋下氏は政治とは何か、国民を如何にして組織するか、その手法を熟知している。

 橋下陣営は、府民にとって心地よい言葉は何か、それらの選択が常に共産党よりも優っている。橋下氏の天性のひらめきか、あるいは電通等広告会社の助言を受けているのか分からないが、彼らは「未来を語ろう」「現状維持ではダメだ」「どういう世の中を目指すかの選択」「前に進めて行きましょう、前進・前進だ」「自民党や共産党」は野合だと批判してきた。 
さらにもっと言えば、AKBの前田が引退の際に涙ながらに訴えたフレーズを利用し、「橋下氏が嫌いな人も私を支持して欲しい、私は橋下氏の強引さ等の弱点を克服していく」という宣伝を行った。これが選挙というものだ。
 これに対する共産党の政策は、「自民党の栗原や柳原氏で府民生活守る」という抽象的なもので有り、彼ら維新の「ウソや欺瞞」を暴く努力や、この間の政治家の不祥事は圧倒的に維新の政治家であったことの暴露や、橋下氏は安倍首相のアンテナショップ的役割を担っているなど、維新の本質をついた攻撃が全くなされていない。ここに敗北の原因がある。(注2)
注2:選挙戦が終わった11月22日の赤旗に、面白い記事がある。
  「橋下新党は安倍別働隊」(見出し)
    維新の党の江田憲司前代表は20日、横浜市で講演し、橋下大阪市長が旗上げした「大阪
   維新の会」関し、「半年、一年たてば安倍政権の別働隊、自民党の補完勢力になっていく」
   と指摘し、連携相手にはなりえないとの認識をしめしました。

 という記事を載せている。選挙戦で共産党はこの主張を全く行わなかった。すべての戦いを「明るい民主府政をつくる会」方式で戦い、自民党の候補者を応援している立場から、自民党の批判ができず、橋下氏が安倍政権の別働隊という批判も封印してしまった。ここに敗北の原因がある。

共産党は革新の統一戦線と保守との共同を同一次元で捉えている。

 共産党は、今回の戦いを第26回大会の「保守との共同の戦い」だと位置づけているのだと思われるが、この戦いは統一戦線でもなんでもなく、「反維新」という一点でだけで戦った選挙である。
 共産党は「勝手連」的に自民党の候補を支持したに過ぎないのに、その戦い方は明らかに自民党と共産党が、政策協定を行い、知事選挙を戦っているような選挙運動を行っている。さらに言えば候補者を共産党がハイジャックしたようなビラを配布し、選挙を混乱させてしまった。選挙戦は自民党を前面に出して戦い、共産党は「勝手連」に過ぎないという活動に徹すべきであった。具体的に言えば、共産党の出すビラで、「自民党府政や市政になれば府民にとって暮らしやすい行政が行われる」という宣伝を前面に出した戦い方は、維新の「嘘や欺瞞」と同じように写り、共産党の支持者でさえ逃がしてしまったのではないかと見ている。
 現にマスコミに出口調査では、維新の支持者はほぼ全て(97%)が維新に投票しているが、共産党の支持者は74%位しか投票していない。さらに自問党の支持者にあっては、栗原候補に5割しか投票していないという結果が出ている。(注3)
 保守層の人々は共産党アレルギーがまだまだ残っており、共産党が府政・市政に大きく関わってくるのであれば、維新の方がマシだと逃がしてしまったのではないかと思っている。

注3:産経聞社は22日、府知事・市長の大阪ダブル選で投票した有権者の動向を把握するた
   め、出口調査を実施した。大阪維新の会公認の吉村洋文氏と松井一郎氏が、いずれも自民
   党や民主党の支持層にも浸透し、幅広く支持を広げたことが浮き彫りとなった。
     市長選については、吉村氏が大阪維新を母体とする国政政党「おおさか維新の会」支持
   層の96・9%を固めた上、自民党の30・3%、民主党の25・7%、公明党も20・5%を取り込
   んだ。さらに「支持政党なし」の無党派層も45・3%が吉村氏に投票した。
    一方、自民党推薦の柳本顕氏は、自主支援した共産党支持層の74%、民主党の65・
   7%、「自主投票」とした公明党の72・4%に浸透したが、自民党を64・8%しか固め切れなか
   った。無党派層も44・5%で、吉村氏に及ばなかった。
    知事選でも松井氏が、おおさか維新支持層の96・4%を固め、自民党では46・7%も浸透
    した。その半面、自民党推薦の栗原貴子氏は、共産党の71・8%、民主党の70・5%、公明
   党の70・1%を取り込んだが、自民党については50・9%にとどまった。
    大阪市長選の出口調査では、5月の住民投票で大阪都構想に賛成したか反対したかに
   ついても尋ねた。その結果、賛成した人は56・3%、反対した人は41・6%だった。賛成した
   人のうち91・2%が吉村氏に投票し、反対した人のうち79%が柳本氏に投票していた。

 この出口調査の結果は面白い。大阪都構想の賛成・反対は、かろうじて反対派が勝利したが、ほぼ互角であった。ところがこのダブル選挙では賛成した人が56.3 %を占め反対派は41.6% しか投票しなかった。ここですでに、56.3%―41.6%=14.7%の差が付けられてしまっている。さらに賛成した人は91.2%が吉村氏に入れたにもかかわらず、反対派は79%しか柳本氏に投票していない。ここでも91.2%―79%で12.2%の差を開けられている。
  この結果からだけ見れば、住民投票で反対に入れてくれた人の囲い込みに失敗し、戦いに敗れたと言える。無党派層に対する呼びかけに力を入れながら、自民党・共産党の基礎票を守れなかったことに敗因はある。

保守との共同路線の綻びがでた選挙結果。

 先に述べて戦い方の誤りは、過去の革新統一戦線型の戦いの歴史を、同じように保守との共同の中で生かせるという大きな勘違いから来ている。
 1970年代の革新統一戦線には、大きな魅力があった。それはそれまでの政治が、自民党の一党支配で行われ、大企業優先の政治が行われ、国民の生活に密着した政治が行われていなかった。そこで老人医療無料化など国民生活に重点を置いた政策を掲げ、選挙戦が戦われた事が新鮮であった。大阪では、社会・共産が統一戦線を組み、1558170票49.77%で勝利するという画期的な成果を挙げた。その当時の共産党の実力は約70万票、社会党の実力は約40万票位と記憶しているが、それらの合計よりも多くの票を獲得した。
 この結果をもって社会党と共産党の共闘は1+1=2ではなく、3にも4にもなると言われて来た。志位委員長はその経験から、今回の大阪ダブル選挙でも保守との共同が1+1でなくそれ以上の成果を上げると語っていたが、結果は全く違い、相乗効果よりも、「野合」だという批判の前に、共産党は24%の支持者を逃がし、自民党に至っては5割もの支持者を失っている。松井氏は自民党支持者の46.7%の支持を得、栗原氏は50.9%に留まった。
 大阪の知事選挙の歴史を見れば、勝者は大体200万票、敗者は100万票というのが、常識的な数字である。第10回知事選挙(昭和58年)では、岸昌氏が2173263票、亀田徳治(社共候補)が1250374票、第11回選挙(昭和62年)では、岸昌氏が2224379票、角橋徹也氏(共・社候補)1112660票、12回選挙(平成3年)では、中川和雄氏が2064708票、角橋徹也氏が964554票、13回選挙(平成7年)では、横山ノック1625256票、平野拓也氏が1147416票、小林勤武氏が570869票、第14回(平成11年)では、横山ノック氏が2350959票、鯵坂真氏(共産推薦)920462票、15回(平成12年)大田房江1380583票(自民、民主、公明、自由)、鯵坂真氏1020483(共産)、平岡龍人氏574821票(自民府連)引用が長くなるので、このへんで辞めるが、勝者は200万票、敗者が100万票というのが定番である。ただ、勝者の側には自民党がおり、敗者は共産党が中心的な存在であった。今回の選挙では自民党が民主党や共産党の支持を得ても、従来共産党の占めていた位置にまで没落したという点で大きなショックであると思われる。昔ならこの100万票は共産党が単独で獲得していた数字である。如何に惨めな結果であるかが分かるであろう。

 この結果は自民党を振るえ上がらせ、今後の自・共の共闘に否定的な動きが起こることが想定される。所詮は自・共共闘路線は水と油であり、根本的に無理な課題である。共産党は今回の結果からその教訓を得ないだろうが、自民党は今回の結果から、共産党との共闘には二の足を踏むだろう。