参議院選挙総括 大阪編


令和元(2019)年8月2日


政治的に実績のある辰巳コウタロウー氏を落としたのは最大の失敗


 今回の選挙で大阪選挙区だけを取ってみた場合、最大の失敗は、辰巳コウタロ―氏を落としてしまったことである。なぜ、辰巳コウタロー氏は実績があるのに、大阪維新の2候補に完全に負けてしまったのか、キチットした総括が必要である。

共産党が選挙で勝てない二つの理由


 私はそもそも選挙とは政党間の争いであり、如何に国民に自らの主張を訴え支持してもらう戦いだと思っている。さらに選挙は政党間の戦いだけに位置付けるのではなく、候補者同士の政治的力量の戦いでもある。
 最近の共産党は、選挙こそ自分の主張を語る最大の場であるにも関わらず、自らの政治的立場を国民に理解してもらう事に全く無関心である。相手の主張と自らの主張を対峙させ、自らの主張が他の政党より上回っていることを理解していただくのが選挙である。

1.共産党が選挙に勝てない、1番目の理由

 共産党が何をしたいのかを全く訴え切れていない。国民に共産党は何がしたいのかその主張が届いたのか、そのことに全く興味を持っていない。
正直な話、この選挙期間中私の家には共産党のビラは1枚も入らなかった。私が独自に手に入れたビラは2枚あるが、その2枚とも全くのピンボケである。
 共産党のビラは、2011年の大阪府の知事選頃から全く無内容になっている。この知事選挙で共産党が掲げたスローガンは「安心・安全・やさしい大阪」であった。このスローガンは誰にでも入る。だが何も言っていないのと同じである。このスローガンから共産党が何を主張しているのか全く読み取れない。
 この共産党の政治宣伝の間抜けさの完成品が、今回の選挙で掲げた「HOPE」というポスターである。まだ「希望」ならまだ理解できるが変に新しがって「HOPE」というポスターを最大限宣伝したことは全くの無価値である。こんなポスターで国民は組織できない。
 なぜ今の社会で生きづらい方々に、共産党は弱者の見方です。あなた方の生活、生き方を共産党は支持しますというようなメッセージが出せないのか非常に疑問です。

2.共産党は候補者を選挙戦で前面に打ち出すことをしない。


 私は共産党の選挙戦術の最大の誤りは、候補者の魅力を訴えないことにあると思っています。今回の選挙でも比例区を前面に打ち出し、候補者名ではなく「共産党」と書いてもらうように指導しています。ここに最大の誤りがあると思っています。
 選挙結果を載せた新聞を見て、私は怒りのようなものを覚えました。共産党の比例区の候補者の得票が1000票以下の者が4名います。最下位から419票、582票、647票、936票という数字が並びます。国民をなめているのかと思います。市会議員選挙でも2000票は必要です。
 選挙の候補者は、本当に政治家を目指すものでなくてはなりません。党の為に命を捧げますというような立候補は、一般的国民感情から遊離しています。
 今回共産党の現職は3人いましたが、辰巳コウタロー氏だけが落選しています。辰巳コウタロー氏は国会でのスターです。なぜ彼が当選できなかったのか、彼を前面に出した宣伝が一切行われなかったからです。
 全く卑近な例を出しますが、我が家には辰巳コウタロー氏の宣伝ビラは一枚も入りませんでした。それに比べ公明党は候補者の団扇型の宣伝ビラを配布してきました。家内は毎日その団扇を使っています。この辺の差が辰巳コウタロー氏を落としています。

◆共産党現職議員の得票数、比例での票数との比較 


※大阪の共産党は、辰巳コウタロー氏を前面に押し出した戦いを組織していません。

 以下大阪の共産党の発展の歴史と衰退の歴史を大雑把に述べます


戦後、日本共産党が一番輝いたのは何時か


 大阪の共産党は長期低落傾向にある。それは大阪維新の会ができたことにより、そのあおりを一番食らったのが共産党であるからである。
 戦後の歴史上、日本共産党が一番輝いたのは、第33衆議院議員選挙(1972年)であった。この選挙では、自由民主党271人、日本社会党118人、共産党38人で第三党を占めた。しかも東京、大阪、京都の当選者はいずれも上位当選者であった。
 東京は10選挙区で、共産党1位当選が5選挙区、大阪では6選挙区で共産党1位当選5選挙区、京都は2選挙区で1名は1位当選もう1名は2位当選と、大阪・東京・京都で、全区で上位当選を勝ち取った。これは70年安保闘争での共産党の戦いが反映した結果だと私は思っている。
 大阪の共産党の歴史の特殊性は、部落解放同盟の蛮行と真正面から戦って地力をつけて来た。その一番象徴的な選挙が、沓脱タケコ議員が大阪参院の補欠選挙で、自民党の森下仁丹を破って当選(700,230票)した選挙であった。(1973年)(1971年参議院選挙(前回)の共産党の得票は、485351票、4位であった。)
 この選挙戦でまかれたビラは、私は今でも覚えているが部落解放同盟に対する糾弾のビラであったが、その内容は正に暴力集団を糾弾するというようなビラであった。率直に言って私は、これはアカンやろうと思ったが、そうした過激なビラで共産党は躍進した。(現在は他者を批判せず、希望を語ろう・・大きな変更である)しかし、私はこれも間違っていると思っている。
 沓脱タケコ氏は、その後も1977年、1986年と当選通算三期務めた。注1

注1:この選挙は極めて注目された選挙であって、その当時テレビで売れっ子だった大橋巨泉氏と前田武
   彦氏の巨泉×前武のゲバゲバ90分という番組が一番人気番組であったが、その前田武彦氏が、もし
   沓脱タケコ氏が勝てば、自分の番組で万歳すると、選挙での応援演説で約束してしまった。
    蓋を開けてみると沓脱タケコ氏が勝利し、前田武彦氏は自分の番組で、番組終了時に万歳をし
   た。生番組であったためそのまま放送され、それが問題となり、それ以降干されてしまった。

 また知事選選挙では、黒田革新府政が誕生し(1971年から1978年)最初は社・共共闘で勝ったが、二期目は共産党単独で、三期目も共産党単独で出馬し二期目より18万票増やしたが、僅差で自民党から社会党まで推薦する岸氏に僅差で敗れた。(1979年)
 この共産党の絶頂期を知る者はもうほとんどいないと思われるがこのような時期がありながら、今や共産党は風前の灯である。なぜこれだけ共産党は惨めな政党になったのか、それは相手側の戦略が成功した面と、こちら側の対応のまずさがこのような事態を招いていると見ている

大阪の政治風土は共産党から吉本へ変化していった。


 大阪は、商業都市であり、東京に次ぐ大都市である。その気質は東京に対する反骨精神があり、東京のエリートやお金持ち主義に対して庶民の街として繁栄して来た。豊臣秀吉が、農民から天下を取った歴史に憧れ、また阪神タイガースに対する入れ込みもすごい。基本は反権力であるが、お笑いの文化の影響が強く、面白い人物がクラスでも人気者であり、学校や会社でも自分が面白いという事で目立つことを求めている人が多い。
 そういう中で吉本信仰は大きいものがあり、横山ノック氏が選挙期間中に強制わいせつ罪を犯したが、それをも許してしまうほど、笑いに対するあこがれがある。(この時の選挙1999年横山ノックは、
67.64%の支持を得て当選し、その後辞任した)
 

大阪の政治風土の変更は、1983年の横山ノック府会議員の出現から始まった


 大阪の政治風土が変わったのは、橋下徹の大阪維新の出現で変わったと認識していたが、実はそれ以前(1983年)横山ノック氏の参議院選挙一位当選から大阪の政治は吉本興業に握り始められた歴史がある。その後西川きよし氏が1986年に参議院選挙に立候補しやはり一位当選を果たし、三年ごとの参議院選挙で入れ替わり立ち代わり二人が当選することが当たり前の状態が続いた。
 吉本興業の大阪支配は、1995年横山ノック氏が大阪府知事選挙に打って出て当選したことで決定的になる。彼は無所属で48.24%の票を獲得して当選した。次の1999年には、横山ノック氏は67.64%の票を取り再選された。(参議院選挙総括 大阪編:資料集参照)
 橋下徹が現れてからは、知事と市長が入れ替わる選挙が2回も行われやりたい放題になっているが、大阪吉本は府民の70%近くを動かす力をすでに持っている。
 一番最近の知事選挙、(2019年)吉村洋文氏は、自民党から共産党まで全て的に回して、64.4%の票を獲得している。この得票率は横山ノック氏の67.64%とほぼ同じである。
 ついでに大阪市長選挙にでた松井氏の得票率も見ておきたい。松井市長の得票率は58.1%あり、これも自民党から共産党まで敵に回して勝ち取った票だからスゴイ票である。これを支えているのは大阪維新の会であるが、その後ろには吉本興業の力があると思っている。

一般的に選挙戦の戦いの裏には、選挙のプロが暗躍している


 選挙戦の戦いは政党の力だけでは勝てない。自民党なども電通のバックアップを受けて、国民の信頼をどうすれば得られるか入念に検討し仕組まれていると見ている。
 大阪維新の会も大阪の政治風土を変えて行く上で吉本興業のバックアップを受けていると思われる。テレビに多くの吉本所属のタレントが出ており、政治的発言を繰り返している。
 あさパラ!(関西ローカル)ではハイヒールのリンゴが番組を仕切り、小藪なども呼ばれ相当政治的な発言をしている。(橋下徹も何回も出演している。)また「教えて!ニュースライブ正義のミカタ」という番組(これも関西中心)では、東野幸治が番組を仕切り、学者先生方にいろいろ聞き、ジャニーズや吉本芸人(ほんこんや海原やすよ・ともこ)等が質問する番組ですが、正に維新より安倍政権支持の番組です。吉本興業はこうした人気番組を握り、お笑い芸人を使って、政治的は発言を繰り返し、大阪人の物の見方考え方に相当の影響力を発揮しています。
 北野タケシなどは、基本的にコメディアンは反権力でなければならないと言いますが、吉本芸人は安倍支持芸人に成り下がり、日常的に政治的発言を繰り返しています。
 安倍首相もそこは心得ており、吉本の舞台に上がりコントに参加しています。また、国会に吉本芸人を大量に招いて面会しその様子をテレビのニュースで流しています。
 大阪府民の政治的思想の右傾化は、吉本興業が政府と結びつき計画的に行われていることに共産党は無関心であり、テレビの果たす役割を軽視しすぎです。

共産党離れはなんでこんなにも進行してしまったのか


 私は、先に述べた吉本興業の多年にわたる計画的な政治的支配に鈍感であったことを一つの要因にあげてきたが、その次に共産党自身の政策が180度変わってきている事にその原因があると思っています。
 共産党は敵が明確なときはイキイキしますが、敵を見失うと力が出ない政党です。1960年代70年代、共産党は安保反対闘争を通じてその組織を大きくまた質的にも高い水準を持っていました。70年代は関西では部落解放同盟の蛮行と共産党は戦い、社会党がそれを容認するかで、社会党との違いを鮮明に打ち出し、共産党の力は大きくなりました、そのきっかけを示すのが1973年参議院議員の補欠選挙選挙でした。この選挙で沓脱タケコ氏は700,230票取り森下仁丹に競り勝ちましたが、同時に亀田徳治(日本社会党)411,205票に勝ちました。この勝利により、社会党と共産党の力関係が変わりました。社会党はこれ以降の選挙で1回の例外を除いて、勝つことができませんでした。
 1983年の第13回参議院選挙選挙で横山 ノック氏が出馬し、トップ当選し、3年後の1986年参議院選挙で西川 きよし氏が出馬し、またトップ当選し、3年前は沓脱タケ子氏がはじかれていましたが、この選挙では沓脱タケ子氏は、自民党を破り3位当選(63,662票)を果たしています。
 しかし、第15回参議院選挙(1989年)では、なぜか社会党の谷畑孝氏が一位当選し、二位が横山ノック、三位が公明党、四位が自民党、五位が共産党(602,777票)と議席が遠くなりました。黒田府知事が敗れて10年たち、吉本旋風が吹きまくり、共産党は政治の主流から落ち始めています。

横山ノックが府知事選で勝利し、大阪の吉本支配が完成していく


 ところが、1995年第17回参議院選挙で、横山ノック氏が大阪知事選挙に出馬したため、吉本芸人のいない選挙となり、共産党山下芳生氏は2位当選しています。しかしこの当選は、小沢氏と公明党が組んだ新進党という政党が立ち上がり、白浜一良氏が1,015,919票という大量得票を勝ち取ったため、自民党が票を減らし、そのすき間を狙った当選です。獲得得票数は497,549票と明らかに減らしています。(前回選挙1992年の依田 貴久子氏は、482,417票で4位でした。)、知事に当選した横山ノック氏は大阪の財界等にも触手を伸ばし、大阪府のトップとして政治的影響力を強めて行きました。この横山氏に対しては、今太閤としてからの出世物語みたいな放送が流されたました。

共産党の凋落を押しとどめる、第18回、第19回参議院議員選挙


 共産党は選挙ごとに陣地が後退し、500,000票以下に抑えられてきていると見ていましたが、第18回参議院議員選挙で共産党の宮本岳志氏は725,385票取り3位で当選しています。1位西川清、2位山下栄一(公明)です。4位は自民党、5位は民主党、6位は社民党です。
 第19回参議院議員選挙では、山下芳生氏が落選しましたが、594,063票取り善戦してはいますが、3位に山本孝史氏(民主党)が602,312票とり民主党が共産党を上回るようになりました。

第20回参議院選挙(2004年)の特徴


 この選挙では、政治的には消えた年金問題がクローズアップされ、民主党議員が全国で奮闘し、50議席を獲得し、自民党の49議席を上回った。大阪でも民主党の尾立源幸氏が910,597票取り一位で当選した。二位は公明党、三位は自民党であった。共産党は宮本岳志が442,755票で5位であった。ちなみに4位は無所属の辻本清美718,125票であった。

 第21回(2007年)は宮本岳志585,620票で4位、22回(2010年)清水忠史で366,105票で6位であった。この得票数は、共産党の大阪での最低ラインである。

 第23回(2013年)は、大阪選挙区の定数が1名増え、4名になった。辰巳コウタロー氏468,904票とって4位で当選。ちなみに1位は維新の東 徹氏で1,056,815票であった。2位は自民党、3位は公明党であった。

 第24回(2016年)は。共産党渡辺結454,502票で5位であった。ちなみに1位は自民党、2位は維新、3位は公明党であった。

 今回(第25回:2019年)は、共産党は現職の辰巳コウタローであった。381,854票で前回選挙より87,050票減らし、共産党としては最低ラインの票数に留まった。1位は維新の梅村みずほ729,818票、2位が維新の東徹660,128票、3位が杉久武氏591,664票、4位は自民党太田房江559,709票、5位に辰巳コウタロー6位に立憲民主の亀石倫子356,177であった。

 共産党の大阪での得票数の最低ラインは、350,000票である。


 共産党がこの数字が最低ラインだと示したのが、第18回の知事選挙であった。この選挙は負けるべくして負けた選挙である。共産党はこの選挙で「明るい大阪府を作る会」等の名前を付け臨んだはずである。共産党という看板を外し、市民型の選挙戦を挑みながら、共産党の基礎票すら出なかった選挙である。
 直近の選挙は2010年の第33回参議院選挙の清水忠史の366,105票である。この票にも及ばない、最大の敗北選挙であった。 

 第18回大阪府知事選挙の結果(2011年)


 長々と共産党の歴史を見てきたが、今回の参議院選挙の辰巳コウタロ―の獲得票数は、381,854票である、この得票数は1968年(昭和43年)の東中光雄氏の358,278票の水準である。(50年も前の水準に共産党は突き落とされたのである)この時以降2010年第22回参議院選挙の清水 忠史氏366,105票と同じ水準であり、現職の有利さや、実績が全く加味されない結果となっている。
 ここに今回の選挙戦で辰巳コウタローを前面に押し立てなかった共産党の選挙戦術の最大の誤りが露呈した結果である。ところが辰巳コウタロー氏は敗戦の弁で「私が至らなかった結果だ」と話していた。党全体で支えず、負けた時は個人の責任かと叫びたくなる。

 話がだいぶそれてきたが、言いたかった事はなぜこのような致命的欠陥を持った選挙戦を戦ったのか私には理解に苦しむが、以下、敗北原因を指摘したい。

共産党は選挙に対する候補者の持つ役割を全く理解せず、赤旗拡大で選挙に勝利する。(信仰の世界に入っている)


1.立候補者の人格や人柄の宣伝が重要


 選挙に国民が投票する行為は何をきっかけにしているのか、その分析を一切していない。誰に入れるかの判断は、政党名で判断している人と、その候補者の人柄を評価する者とは5分・5分だと私は思っている。
 大阪のこの間の選挙は、辰巳コウタロー氏の押出を全くしていない。選挙事務所の前に辰巳コウタローというポスターが貼ってあったがそのポスターは、芸能人のポスターのようなポスターで、辰巳氏は背広にネクタイ姿、さらに窓際にスター気取りで座っている写真である。(資料1)なにを考えているのか分からない。「辰巳コウタロー氏はモデルか」と突っ込みを入れたくなるポスターである。なぜ彼が国民のために戦っているポスターを出さないのか、共産党のセンスを疑う。(イメージ戦略で敗北している)

2.選挙は言論戦という格闘技、相手を打ち負かさないと勝てない。


 さらに今回の選挙で配られた共産党のビラには、国民のために戦うというメッセージが全くなく、ダジャレ等を含んだビラになっている。「困っている人はほっとけない」と書いてホットケーキの絵を描いている。(資料2)こんなダジャレで誰が投票するのだろう。根本的に間違っている。
 山本太郎は心の底から叫んでいる。「現在の社会では生きにくい人が沢山いる。それでも負けたらアカン、生き抜いてください」この言葉は国民に入っていくが、「ほっとけない」みたいなダジャレで真剣な問題は語れない。全くのピンボケである。 
 もう一つのビラは、ピンクの豚の貯金箱がメインになっている。国民は怒っているのにその怒りが全く分からない、豚の貯金箱が最大目立つビラに何の効果があるのか分からない。すべては選挙闘争をどう戦うかの失敗が敗北の原因である。(資料3)

 以下は、今回の吉本興業の混乱、及び今回の令和新選国の選挙戦術、毎日新聞の中島武志の発言を見て、私が感じた事を思いつくまま書いた。

1.現在吉本は反社会勢力との関係で、毎日テレビで取り上げられているが、吉本に公的なお金が流れている以上、一般社会の常識を外した会社運営はまずいのではとの論議が広がりつつあるが、テレビで示される吉本と各官庁の関りは、ほぼすべての官庁が関わっており、今回の事件でこれが明らかにされた意味は大きい。
2.毎日、吉本の漫才等を見ているうちにいつの間にかマインドコントロールされている。小藪やハイヒール、ホンコン等も結構政治的発言をしており、いつの間にか彼らの発言が、常識や正義のようにマインドコントロールがなされていると思われる。
3.橋本徹が政界から手を引いた時点で、大阪維新の会は消滅していくと思っていたが、先のダブル選挙の結果を見た際に、大阪維新派消滅どころか、さらに増殖している。大阪では催眠術のように全て捉えられており、この勢力の一掃には相当の時間と、実力がいる。
4.共産党は「大阪維新の政治とさよなら」とは言うが、具体的にどうすれば大阪維新の勢力をはいでいくのか、具体的な手法が全くない。
5.私は今回の令和の選挙のやり方にもヒントがあると思っている。それと毎日新聞(7月28日)に載った中島武志の発言にもヒントがあると思っている。中島氏は「左翼政党は基本的にエリート政党だから」この言葉がものすごく心に突き刺さっている。
6.大阪人は東京に対する対抗心があり、「エリートずら」している者は嫌いで、お笑いのセンスを持っている物が尊重される。権力側の文化でなく庶民の文化を愛しいているのだと思う。
7.共産党の選挙の候補者を発表の際に、東大卒とか京大卒と書くが、市会議員のプロフィールの発表の際は、学歴を載せずに出す。このことを一貫して批判してきた。共産党は学力偏重主義だ」と(参考資料)、今回の令和新選組の立候補者のプロフィールを見てびっくりした。元派遣社員・シングルマザーという肩書であった。私は京大や東大の強調は否定してきたが、自分に不利な情報は出す必要がないのではと思っていた。しかし令和は、ありのままの人間を知ってもらおう。私たちはみんな同じで仲間だというサインを送って来た。
8.吉本芸人にもそうした驕りが無く、お客さんに喜んでいただくために必死で頑張っている姿がうけるのだと思う。中島氏が言ったエリート主義が共産党にはどこかにあるのだと思う。ノックだって中学校ぐらいしか出ていないが大阪府民はそんな事を問題にしていない。それこそ今太閤と人気のあった角栄も小学校ぐらいしか出ていない。人間の価値をどこで決めるのかという場合、どこの大学だからというような風潮は大阪人は受け付けないのだと思う。
9.山本太郎が打ち出した生産性で人間の価値が決まるのではない、皆元気に生きてほしいというセリフが、この社会で虐げられている人たちの心に響くのであろうと思う
10.吉本の笑いは、学歴社会ではなく、面白いものが一番である。大阪の庶民はそんな社会の方が住みやすいと思っているのだと思う。
11.令和が示したことや中島氏の指摘から学ぶことが共産党にとって重要なことだと思われる。