参院選挙結果 詐欺的処方で自らの敗北を覆い隠す赤旗一面トップ記事



令和元(2019)年7月29日


 こんな記事から何が得られるのか、惨めさを表わしているだけである


 今日(7月29日付)赤旗一面トップ記事を見て驚いた。「自民支持2割以下」「第2次安倍政権下最低」「参院選全有権者比の得票率」という記事がある。
 記事内容は、今回の参院選で自民党の比例代表得票は1771万1862票。有効投票総数に占める得票率は35.3%になりますが、絶対得票率では16.7%に低下します。この得票で同党は比例代表(改選数50)で19議席を得ました。
 一方32の一人区、13の複数選挙区での自民党得票は2003万108票。ここでも有効投票数に占める得票率は39.8%と高くなっていますが、絶対得票率では18.97%。2割に満たない支持で同党は選挙区(改選数74)の5割を得ました。という記事を載せています。
 この記事は、詐欺的手法で国民の中にある自民党支持を低く見せ、自民党が何か不正により多くの議席数を取ったかのような印象を与えています。このような非科学的な選挙総括を行っている限り共産党の躍進は望めません。
 選挙の結果を全有権者比で何%あるかを語ることは、一つの評価方法です。しかし特定の政党だけを全有権者比で見て批判するのはアンフェア―です。この場合共産党の得票数も同じように全有権者比で示す必要があります。そうすれば投票率が50%を切っていたのですから、共産党の支持率も半分以下になってしまいます。計算してみます。共産党の得票数は448万3411票で8.95%です。4483411票÷101236029人=0.04429*100=4.43%です。
 自民党の獲得得票率が16.7%だと主張する場合は、共産党は4.43%であった事を同時に認める必要があります。同じ土俵で相撲を取らない手法は詐欺的手法です。自民党の約4分の1しかとれていないことが分かります。
 共産党は自らの主張が正しいことを証明するため、一般メディアの論調を示し「全有権者の5人に1人以下の支持しか得ていない計算だ。これでは民主主義の基本とされる『多数決』『多数派による支配』でなく『少数者支配』である」と(山陰中央新報社説)を載せていますが、失礼ですが聞いたこともない新聞社の社説では説得力がありません。
 確かに得票率が48.8%というのは異常な低得票率ですが、これは若者の得票率が異常に低く、選挙で世の中が変わるという意識が低いからだと思われます。これは若者の未来を語り切れない、共産党にも責任の一端はあります。

更に重要な記事があります。(赤旗2面)

       参院比例100万票減 公明党に危機感という記事があります。


 この記事こそが共産党の本性を現した記事です。今回の選挙戦で共産党は与党に対する批判を前面に出した戦いをやめて、希望を有権者に届けようと言うような方針を出し、メインポスターは「HOPE」=希望です。
 にも拘わらず、選挙で負けたら急に与党側への理不尽な攻撃を始めています。
公明党100万票減らし危機に陥っていると報道していますが、今回の選挙で共産党平成28年の約602万票を下回る約448万票にとどまり、約150万票減らしています。公明党より大きく票を減らした共産党がそのことを隠ぺいし、公明党は100万票減らして危機に陥っているというようなニュースを流す共産党のセンスが分かりません。

 他党の心配をするより、自分の党の心配をするべきです。


 心配というより選挙で戦った党員に対して労いの言葉と、中央の方針に問題があったことを認めるべきです。
 共産党は相変わらず中央は正しかった、赤旗を増やさないと負けると言ったのに末端の党員が赤旗を増やさなかったため負けた、さあ、今度こそ勝つためにすぐさま赤旗拡大に乗り出せという方針は、無責任この上なく、中央は絶対正しい、責任は常に末端の党員にあるという中央集権的組織論の弱点を見直さない限り、前進は図れないことをそろそろ気づくべきだろう。
 私は、れいわ新選組が共産党を追い抜かした時点で、初めて末端の党員も何かがおかしい気づき始め、批判の嵐が生まれるのではないかと思っています。大衆の心がつかめていないことが立証されたら、いくら人の好い共産党員でも、もう赤旗の拡大で世の中が変わるという絶対的命題が間違っていることに気づくと思われるが・・・・
 それでも気づかなかった場合は、正にジエンドである。衰退の一途をたどるであろう。この結論はここ10年間の動きで分かると思われる。

 最後に一言含蓄のある言葉を、長野県の知事であった田中康夫氏が、解放同盟と交渉の際に、解放同盟側が「差別はますます厳しくなっている」と知事を追及した際に、田中氏は「差別をなくす運動を100年間も行ってきて解消に向かわないのは、あなた方の運動に問題があるのでは」と突っ込みを入れたと言う話を聞いたことが有るが、共産党も100年を超える運動を行いながらじり貧に追い込まれているのは、何か運動に問題があるのではないかという疑問をいだくのが普通の感情である。下からの批判を一切受け入れず、中央の方針が正しいと常に忖度しなければいけない組織の窮屈さに問題があることに気づくべきだと思われる。
 批判をやめて「希望」を語る。こんなことに打開の鍵があるのではない。むしろこの方針展開は、共産党の崩壊を早める。なぜなら存在価値がなくなるからである。国民は共産党に自分の怒りを受け止めてほしいのである。共産党から「希望」を聞きたいとは思っていない。自分の今の生活の生きづらさを少しでも改善してほしいのである。切実である。「希望」などという甘い言葉にだまされはしない。
 れいわの渡辺さんが肩書に元派遣労働者・シングルマザーと書いた。これこそが国民目線である。自分たちの仲間が国会議員になって我々を助けてくれる。共産党は肩書に東大や京大と書いている。これは上から目線である。れいわは本当に我々の仲間を出そうという視点だ。この指摘の重要性から学ぶべきだ。